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個室生活もほんの2〜3日で2人部屋に移ることになった。何せ一般的にはかなり入院期間が長くなる病気。経済的な負担を軽くということもあり、空きが出た2人部屋に移る話を出して下さったのだが、私としては例のベッドずり落ち事件が尾を引いており、「誰かいてくれたほうが・・・」という気持ちの方が強かった。
実際、この頃にはナースコールもほぼ押せない状態になっており、同室の方にお願いして何回かナースコールを押していただいた。本当にお世話になりました <(_ _)>
結局、ペダル式もあまり活躍しないうちにマイク型(?)のナースコールをリハビリ科から借りてきてくれた。マイクといっても音声をひろうものではなく、形が小型マイク風のもので「フッ!」と息を吹きかけてナースコールをするというタイプのものだ。
これで自分でナースコールができるようになった。
症状はといえば、なんとなく進行が止まったような・・・。とりあえずこのままでいけば呼吸管理までは行かずにすみそうだ。
どうやら2人部屋への引越しの話が出たのは、そこまで重症化しなさそうだからでもあったみたいですな・・・。
しかし依然として四肢の動きは全くダメなまま。手は気をつけのまま(おいてもらった所から微動だにせず)、足はひざを立てることも位置をずらすこともできない。
意識も感覚もしっかりしているままなのが、ある意味地獄のようでございまする。痛いときはキッチリ痛い、かゆい時はキッチリかゆい・・・しかし動けない・・・あぁ・・・。
ものすごくアキレス腱をのばしたくて、ベッドを起こしてもらって足元方向に体をずらしてベッドのボードに足をつく形で置いておいてもらったりした。
きゅ〜っとアキレス腱が伸びる感じが気持ちいいんですわ、コレ。
血漿交換も5回を数える頃だったと思う。 足が少し動かせるようになっていることに気づいた。ちょっと位置をずらす程度だったら出来るようになっていた。
腕もひじから先はまだまだだったが、肩を使って反動でおなかの上に乗せるくらいのことは出来るように。
動かなくなるのも急だったが、動き出すのも「ある日突然」という感じだった。
同室の方が退院されて個室と同じ状態になったが、個室にいたときよりは多少の回復も見られるからか、あの心細さはあまり感じなかった。
足の回復を感じた翌日には、もうひざが立てられるようになっていた。
主治医グループが回診にいらした時、ヒョイとひざを立て、腕をお腹の上に乗せてみせた。
そのときの一人の研修医先生のビックリした顔が印象的で忘れられない。本当に顔に「ビックリ」と書いてあるかのようにわかりやすく驚いておられた。
その先生は本当に毎晩のように病棟にいらっしゃるのではないかと感じるほど夜勤もされていたので、主治医グループの中では一番接していた先生だったかもしれない。つまり手足がベッドに張り付いたまま動く気配も無い私をずっと見ていたわけで・・・。「1日見てなかったら急にガンガン動いてるよコイツ・・・」てな感じだったのだと思う。(ちょうど動き出した当日はその先生はお休みの日だった)
とにかく、ひざが立てられたり腕も体の反動を使えば動かせるようになったことで寝返りもできるようになり、かなり楽に過ごせるようになった。
しかし、腕や足というものはこんなに重いものだったんだ・・・。
多少動けるようになってくると、早速大部屋へ移動というハナシが出た。一人で鬱々として過ごしているよりはずっと気が楽になるのではないかと思い速攻でOK。
大部屋から個室に移る時は家族への「お伺い」もあってそれなりの時間を要したが、その逆は実に早いもので、あっという間に私は大部屋の中ほどのベッドに落ち着いていた。
バタバタと引越しも済んだ時、お隣さんがバッとカーテンを開けて「お帰り!」と声をかけてきた。
へ?と思ったが、どうも人違いだったようで。
前住人は呼吸器が必要になって個室に移られたとのこと。ここは神内病棟。難病と呼ばれるものも多いわけで、イロイロありますわね・・・. そりゃ。
そういうこともあってそんなに重症でないヒトに少人数部屋に長居されても困るみたい。そういえば個室から順番に大部屋までずいぶんと短期間で移ってきちゃった。
週半ば、ルンバールをすることになり担当研修医2人登場。
横を向いてクルンと丸まった姿勢をとる。先生は一生懸命「場所」を探るがなかなか見つからないらしい。(血管も出にくいヒトで点滴針を刺すときもいつもバシバシ叩かれたりするので、なんとなくそうなるんじゃないかという予感はしていたのだ・・・。) 散々背骨をグリグリ探られた後、刺してみるもののうまくいかない様子。入院してすぐのルンバールをやっていただいた先生なので、出来ないというわけではないはず・・・(汗)
ついには「ダメだ!ちょっと誰か呼んできて!」などと言い出した。どうやら外来に応援の先生を頼んだらしい。
しばらくすると飛んできた先生はナント()゜ロ゜)」 グループTOPの先生(助教授クラス)
研修医先生たちは小声で「!( ̄∇ ̄;ゲ! ○○先生来ちゃったよ・・・」
まさかそんなに「偉い」先生が外来を中断して上がってくるとは思っていなかったようでひたすら恐縮。
そしてルンバール開始。ちょっと足にシゲキを感じたので、「あ、ちょっと来ました・・・」と小声で言うと「そのぐらいガマンしてっ」と仰る。
\(  ̄∇ ̄)/ エーーーッ!さっき「ビリっと来たら言って」って仰ったでないのぉぉぉ(泣)
そんなこんなで、ルンバール入院時以来の2回目終了(滝汗)
2週目も後半に入ると自力で起き上がってベッド上で座った姿勢を保てるまでになっていた。
手首から先はまだグラグラだったが、腕の力はだいぶ戻ってきてはいた。しかし、腕の中にいったい何が入ってるんだと思うほど重くて重くて胸より上に腕を上げていられない。そこで、仰向けで寝たまま手を顔の上に置き、「ドラえもんの手」(グーにしたままの手)でゴシ (-_\)三(/_-)ゴシとやっていた。
そうすると腕の重みも加わって、力をあまり入れなくても顔をこすることができるっていうわけです。
まだベッドから足を下ろしていないので足の回復度ははっきりとはわからないが、ベッド上ではあまり不自由を感じなくなっていた。
血漿交換を行う透析室までの移動はまだストレッチャーではあったが、ストレッチャーからベッドへの移動は自分でできるようになった。
食欲はあいかわらずなし。本人は、ちょっとくらい食べなくても死にゃしないサ♪とお気軽モード。
しかし、ついに「食事できてないね〜。このままだとまた鎖骨のところに管通して強制的に栄養入れるようになっちゃうよ。」と脅された。
(。-_-。 )ハイ...すみません...努力いたします。
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